主体性・協調性バランスのとれた選手とは?

Question

主体性が高いように感じる選手でも、協調性が不足していたり、協調性の高い選手だけれども、主体性に欠けていたり、どちらもバランスを取れた選手とはどんな選手なのかを知りたいです。

Anser

基本的には、大人になっているかどうかだけです。
今大人になりきれていない人が多く見受けられます。

親のことを気にしていたり、愚痴っていたりする子はまだ子どもなんです。

最近、形だけの主体性や協調性があるといっていますが、それが本当に主体性や協調性があるかどうかといえば、難しいところです。

先生のいうことを聞くというのは、先生が怖い、嫌われたくないから一生懸命やっているケースがあります。
そういう場合は、影で文句を言っていることが多々あります。

先生が見えているような、主体性や協調性は意外に本当の主体性や協調性でないことのほうが多いです。
むしろ、反発してくるような子どもには主体性が育っているケースがあります。
1つの事例ですが、あるお好み焼きのチェーン店は、地方の店長はほとんどが暴走族をやっていたような人たちだといっていました。

指導者の接し方で子どもたちを大人へと導いてあげないといけません。

悪い事例ですが、少年野球の指導者で、子どもたちに厳しく指導している指導者いますね。すべて指示されて、動いている子たちは、中学校にいっても自らの考えで動いているのではなく、指導者に依存して、一生懸命やっているように見えますが、「怒られたくない」「嫌われたくない」そんな心理学的力が働いています。

指導者が主体性を持っているかどうかが肝になります。

今大人が大人になりきれず、子どものちょっとしたことでも、受け止めることができないで、慌てたり、激怒したりするひとが多いです。

青春時代は反発するもの。それは一過性のもので、第二次反抗期だと受け止められる大人が少ないようにみられますね。

そんな反抗期の子どもたちに頭ごなしに、目くじらたてて腹を立てたところでなにもなりません。
それを理解して受け止められない行動事態が大人になりきれていないということです。

幼児期の子どもも同じですね。
セミやおたまじゃくしなど、手で掴んでとったり、ビー玉を口に入れたり。そんな行動に一喜一憂してしまったり、また、熱が出た時にあわてて病院に連れて行ってしまったり。
昔であれば、おばあちゃんの知恵袋といって、そういう時はこうすると落ち着いて対処していたでしょう。

子どものちょっとした行動に、心を左右されてしまうのは、大人が大人になりきれず、子どもである証拠ともいえてしまうのです。

指導者側が大人になり、対応してあげることが肝心ですね。