Kazuya Hasegawa Story-8

人生を変えた出会い

STORY-⑧◆ 心の土台をより強固にした京谷先生

高校での出会いは、中学で得た方向性をひときわ加速させました。はっきりと意識を物事に向けて行動することを覚えたのです。そして、そのきっかけをくれたのが、恩師・京谷譲先生でした。
「京谷先生との出会いは、高校の入学式。ずらりと並ぶ先生方の中で、ひときわ目立っていたのが京谷先生で、「あの先生が担任になればいいな」と思っていたんだ。すると、翌日登校してみたら、担任だと発表を受けたんだよ。「やったー!」と思ったよ。」
京谷先生は、3年間担任として持ちあがることになり、濃密な付き合いになりました。
また、京谷先生は長谷川少年をはじめ、生徒たちを弟のように可愛がり、学校以外でもスキーに一緒にいくなど、四六時中生徒との付き合いをしてくれたそうです。そんな京谷先生の指導の中でインパクトが残ったのが、懸垂でした。
「体育の授業のときに懸垂をしようと思って3回しかできなかったのが、「あごを鉄棒につけてみなさい」とアドバイスをもらったら20回もできるようになったんだ。あれは驚いた。」
これが今のA.M.Ex.(Attack Motion Exercise)の原型になった体験でした。
すっかり京谷先生に魅入った長谷川少年は、京谷先生の一挙手一投足を見逃すまいと、常にその背中を目で追っていたそうです。一方の京谷先生からすれば、長谷川少年は放っておいても勝手に物事をすすめていく手のかからない生徒で、特に指導したつもりはなかったそうです。また、「口数も多くて、しゃべらしたらなんぼでもしゃべる」生徒でもあった長谷川少年(笑)。京谷先生が見出した一番の特徴は、「大人としゃべれる」ことだったそうです。「同世代と話ができる人間は沢山いる。でも、15、16歳で大人に臆せずしゃべりかけてくる性質が彼にはあった。」と。替えのきかない優秀な生徒として、京谷先生も長谷川少年を信頼して、クラス運営を任せるようになっていきました。結果、体育祭のスウェーデンリレーでは3年連続1位になるなど、抜群のリーダーシップを発揮した高校時代となりました。中学で頭・心の意識が変わり、高校で身体の意識が変わったことで、「全身が繋がった」と当時を振り返った長谷川先生。肉体的にも精神的にも進化・成長し続ける土台ができたことで、この後の経験が全て進化・成長する素材となったのでした。

※写真:長谷川先生と師匠である京谷先生

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