Kazuya Hasegawa Story-7

人生を変えた出会い

STORY-⑦◆ 長谷川先生の基礎をつくった出会い

※写真前列左から3人目が小学生時代の長谷川先生

長谷川先生のご実家は、現在、難波にあるエール学園という予備校です。その前身である寿食品株式会社は、大阪の市立学校の学校給食を一手に引き受けていました。経営者である叔母の長谷川ふささんは松下幸之助さんを信奉されており、ふささんから受けた教育と、大家族の中での心の交流をもとに長谷川少年は育っていきました。しかし、妾の子として生まれてきたがために、いじめにあうなどで内向的な性格になり、小学校の運動会は2回しか出席できなかったぐらい身体が弱く、すぐに熱が出るような虚弱体質だったそうです。
「中学に入学して、そこでの出会いで自分の意識が変わった。しかも、虚弱体質も改善したんだ。その出会いのひとつは、中学校1年生のときに入部した理科研究部だったんだ。顧問の先生が色々なところに僕を連れてまわってくれて、未知の世界を教えてくれた。」
そのおかげで、長谷川少年の知的好奇心は大いに刺激を受け、それまで内向的だった自分の意識が外に向かうようになったそうです。
「もうひとつの出会いは、中学校2年生のときに入ったコーラス部だったね。コーラス部は顧問の先生の私設クラブで、中学校でバッジ(級長・委員長)をつけた人間しか入れないエリートの集まりだったんだ。非常にハイレベルなクラブで、大阪府下で銀賞をとるくらいだったんだよ。」
クラブでは、物事に向かって議論すること、対象に集中して考えることを覚えたそうです。なぜそれができるようになったのかを尋ねると、こんな答えが返ってきました。
「顧問をはじめとして、誰もが「君はな・・・」、「君の態度はな・・・」というような自分に対して集中させられる言葉を投げかけることがなかったんだ。だから、純粋に物事に集中する心が育まれたんだと思うよ。」
このように中学時代に、頭・心の意識が変わり、頭の伸びる条件がそろった長谷川少年は、高校での新たな出会いをもとにさらにステップアップすることになります。

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