Kazuya Hasegawa STORY-3

PROLOG― なぜ、シンパシィ・ユニオンを起ち上げたのか ―

STORY-③◆ 身体を使った研究活動

そのなかで、長谷川先生自身も実践してみることにしたそうです。元々、好奇心と探求心の塊のような方ですから、いちどやると決めたら指導できるレベルまでやりこまないと気が済まなかったというのもあったようでしたが・・・(^^;

「僕のもともとの専門は、スキーと器械体操で、スキーは国内最難関と呼ばれる長野県の試験でSJ1級を取り、デサントのプロスキーヤーや三浦雄一郎さんとも滑る機会をもらう程に上達したんだ。テニスもアメリカのプロフェッショナルのライセンスを持ってるけれど、実は、25歳の時にテニス部の顧問がヘルニアになってしまい、副顧問で素人の私がテニスを始めないといけないことになってしまったんだ。私は、何か始めると最低5年はやり続ける習慣を持っているんだけれど、テニスも例に洩れず火がついてしまい、テニス歴3年でアメリカのプロ2のライセンスを取ってしまったんだ。そして、7年目にプロフェッショナルのライセンスを取った後に、あるご縁を頂いてその時の研究をテニスジャーナルに7年間連載させてもらったんだ。25歳で始めたテニスがまさか自分の仕事になるとは、始めた当時は思わなかったよ」

そのテニスを始めるきっかけは前述の通りなのですが、指導者といっても別に本格的にテニスをしなくても良かったと思うのですが、本格的に取り組むきっかけが長谷川先生らしいのです。そのお話はまた次回に。

写真:長谷川先生が教鞭をとった市立都島工業高校

Kazuya Hasegawa Story一覧に戻る

コメントを残す

*

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください