カルシウムの話 その1 骨とカルシウムの関係「生命装置としての骨」

古代中国の神話や北欧神話には巨神の死によって、その骨から岩石が生まれたと語る話があります。眼前に広がる巨峰の隆起を、古代の人々は、その由来を巨神の背骨に求めたのでしょう。実は、私たち地上の脊椎動物の脊椎とその巨峰の連なりは、深い関係があるのはあまり知られていません。生命の揺籃(ようらん)であった海は、そこで生き始めたプランクトンのような古代生命に、生きる上で必要な栄養素と身体を支えるための浮力までも与えてくれました。生命にとって海はやさしかったのです。その後、進化の過程で海中の生物たちは大地に上がろうと試み始めた。およそ3億6000万年も前のことです。その時、彼らは優しき海が与えてくれた、生命代謝に必要なミネラルを体内に蓄える戦略をとりながら揚陸を果たしたのです。それはどういうことでしょうか。

私たちが体内に持つ骨は、海で生まれた生物が揚陸するに際し、海中のカルシウムを蓄えるために身にまとった一種の生命維持装置です。それはまるで宇宙飛行士が大きな箱として背負い込むあの生命維持装置と同様のもの。私たちが生きる上で欠かすことのできない無機質をミネラルと呼びますが、骨に含まれるカルシウムやリンはその代表格。生きるために必要とされるミネラルを、揚陸する生物たちはそれを骨に蓄えて生命維持装置としたのです。また、地上に進出しようとした彼らは、重力に対抗して身体を支える手段としても骨を支柱として利用する戦略をとりました。地上には海が与えてくれた、あのやさしき浮力はないからです。骨のこうした働きがなければ、私たちはやさしき揺籃である海を離れて、この地上に生息することなどかなわなかったでしょうね。

海で生まれた生命が揚陸するまでには長い進化のプロセスが必要でした。その発端を開いた最初の生命が「ピカイア」と呼ばれる「ナメクジウオ」のような生物です。彼らは背骨こそまだ持っていませんが、そこには背骨の原型ともいえる「脊索(せきさく)」がありました。脊椎動物は、誕生のプロセスにおいて生物進化をなぞるといわれますが、母体内で脊索の時期を経ながら、そのまわりに背骨をかたちづくっていく様子を見るとき、ピカイアが我々脊椎動物の遠い遠い先祖であることがしのばれます。しかし、ピカイアの脊索には、リンやカルシウムを含む骨はできあがっていません。最初にリンとカルシウムの化合物であるリン酸カルシウムを身体にまといはじめたのは「アランダスピス」という、頭部の長いオタマジャクシが鱗を鎧ったような魚でした。しかし、アランダスピスもまだリン酸カルシウムを体内に骨のかたちとして蓄えるには至っていませんでした。頭部を2枚の板で被うようなかたちでリン酸カルシウムを蓄え始めただけだったのです。これを皮甲(ひこう)といいますが、その皮甲はやがて皮骨と呼ばれる、より強固なものへと進化します。実はこの皮骨こそ、人間の頭蓋骨や鎖骨の原型となるものでもあるのです。

ではなぜ、これらの魚はリン酸カルシウムを体に蓄え始めたのでしょうか。海水中には、実は大量のカルシウムが存在しています。その含有量は、人間や魚の体液のおよそ4~5倍にも達するといいます。私達の身体は、体内カルシウムの濃度が高すぎても低すぎても生命活動を危機にさらすことになります。そこで、古代の魚たちは体液よりカルシウム濃度の高い海水を取り込んだ結果として過剰となる体内カルシウムをリン酸カルシウムというかたちで排泄しているうちに、これを皮膚の下にためて被甲や皮骨にしたというのです。ひとつの仮説は以上のように語っています。

その後の進化プロセスにおいて、リン酸カルシウムを脊索に集めて頑丈な背骨を作り出す魚たちもうまれはじめました。そして、その背骨を取り囲む筋肉の力を使って、魚類は高い遊泳能力を獲得したのだといいます。このような魚たちの進化が図られた舞台のひとつが巨大な河口であったといわれています。

魚が皮骨を鎧い、脊索にリン酸カルシウムを蓄え始めたころ、海の覇者は、イカ・タコの祖先にあたるオウムガイだったといいます。円錐形の身体とジェット推進力で自在に海を泳ぎ回り、その強力なクチで原始的な魚を襲っていたのです。そこで、ひ弱な魚たちは河口へ逃れました。4億年ほど前のこのころ、大陸にはまだ生命の姿はなく、地表は2つの大きな大陸として形成されていました。そして、プレート移動が活発に行われて、ヒマラヤ級の巨大な山脈がいくつも生まれていたといいます。こうした巨峰の数々は、当時赤道直下に位置しており、多量の降雨を集めて巨大河川を形成していたのです。その河口が、魚たちの新たな進化の舞台でした。デボン紀と呼ばれるおよそ4億800万年前から3億6000万年前のころ、巨大河川の河口では魚たちが次々に進化を果たしました。デボン紀を別名「魚の時代」と呼ぶわけは、ここにあるのです。

海水と淡水の入り混じった汽水(きすい)の中で、魚は淡水で暮らすための生命維持装置である骨を、体内の背骨として発達させ、やがて淡水の中においても生き続けられる体構造を作り上げました。それまでの魚が鮫のような軟骨で身体を支えていたのに対し、塩分が乏しく浮力の少ない汽水で身体を支えるために、背骨はリン酸カルシウムをさらに集めて硬い背骨を作り上げていったのです。そして、骨の成分であるリン酸カルシウムを作り上げた歯、強力な顎、骨に支えられた力強いヒレなどを備えた魚たちは、高い遊泳能力と捕食の武器を携えて、地形の大規模な変化の中でふたたび海に戻り、オウムガイやその子孫であるアンモナイトなどから広大な海の制海権を奪回することとなったのです。また、ヒレの内部にさらに硬い骨を持ち筋肉を発達させた魚類もいました。肉鰭(にくき)類と呼ばれる魚たちです。彼らはシーラカンスや肺魚の祖先です。この「手足を持った魚」たちから、やがて両生類が生まれます。そしておよそ3億6000万年前のある日、忽然と揚陸が開始されるのです。これが陸上脊椎動物全ての祖先となりました・・・

いかがだったでしょうか。大地のバックボーンたる巨大な峰々が作り出した大河の河口が、私たち地上における脊椎動物の揺籃の地だったのです。巨峰の連なりと我らのバックボーンとがつながる謎が見えてきましたか。サプリメントのひとつ、栄養素のひとつとして見られるカルシウムですが、進化の過程を追えば追うほど、必要不可欠な存在だということがわかりますよね。こうやって、知識を深めていくことが、人生の面白さであると私は思います。

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