Kazuya Hasegawa SYMPATH UNION STORY

長谷川先生は、常々
「日本のルーツ、家系のルーツ、自分のルーツを大事にしなさい。そうすれば、自分にプライド・誇りを持つことができます。
そして、目的や目標も見つかり、使命感も湧いてきます。ルーツを理解することで、自分が将来何をすれば良いのか、何を選択するべきかが見えてくるのです」

とおっしゃいます。
では、長谷川先生がどんな半生を過ごしてきたのか、そして、いったいどんな想いでシンパシィを起ち上げたのか。
その全貌を、昨年より長谷川先生にインタビューしたものをまとめ、
「Kazuya Hasegawa~SYMPATHY UNION STORY 」として連載しています。

Kazuya Hasegawa STORY-1

PROLOG― なぜ、シンパシィ・ユニオンを起ち上げたのか ― STORY-①◆ 教員時代に思った素朴な疑問と研究1 シンパシィ・ユニオンを起ち上げた当時、僕は仕事をしながら研究していたのです。何の研究かというと、人間の研究です。 シンパシィには、人に関する様々な難問がきますから、どんな難問でも解決できるのか・・・と。 その研究の根っこにあるのは、僕が高校の教員時代に思ったある疑問です。高校では、...

Kazuya Hasegawa STORY-2

PROLOG― なぜ、シンパシィ・ユニオンを起ち上げたのか ― STORY-②◆ 教員時代に思った素朴な疑問と研究2 長谷川先生が、その疑問を解決するための最初にアプローチしたのは心理学でした。大阪カウンセリングセンターに行って、当時理事長だった古今堂靖氏に師事し、カウンセリングや心理学的なアプローチを学び、実践しました。また、京都大学の河合隼雄先生(元文化庁長官、箱庭療法を日本に初めて導入した心...

Kazuya Hasegawa STORY-3

PROLOG― なぜ、シンパシィ・ユニオンを起ち上げたのか ― STORY-③◆ 身体を使った研究活動 そのなかで、長谷川先生自身も実践してみることにしたそうです。元々、好奇心と探求心の塊のような方ですから、いちどやると決めたら指導できるレベルまでやりこまないと気が済まなかったというのもあったようでしたが・・・(^^; 「僕のもともとの専門は、スキーと器械体操で、スキーは国内最難関と呼ばれる長野県...

Kazuya Hasegawa Story-4

初心者から独学でプロフエッショナルまで登りつめたテニス STORY-④◆ テニスをはじめたきっかけ 25歳の時にテニス部の顧問がヘルニアになってしまい、副顧問で素人だった長谷川先生が正顧問に変わってテニス部を指導しなければならなくなってしまいました。熱血漢だった長谷川先生は、体操やスキーで鍛えあげたカラダで腹筋の見本を見せるなどしながら、選手たちを一生懸命指導し始めました。しかし、当時のエースだっ...

Kazuya Hasegawa Story-5

初心者から独学でプロフエッショナルまで登りつめたテニス STORY-⑤◆ 長谷川流テニス上達法 ~3ヶ月でインカレ選手に勝つ~  「ちょうどその頃、同じ教員だった先輩にテニスでインカレに出たことがある人がいたんだ。  先輩に無理を言って、毎日昼休みに試合をしてもらったんだ。もちろん、0-6で負け続けたよ。でも、その時僕は必ず狙って振りぬくことをやり続けた。  当時のテニスコートは、低い囲いぐらいし...

Kazuya Hasegawa Story-6

初心者から独学でプロフエッショナルまで登りつめたテニス STORY-⑥◆ 教え子の証言 実は、当時のテニス部の教え子の大崎さん・三原さん・竹中さんとは今でも付き合いがあり、なんと40年の付き合いです。以前、大崎さんと三原さんに当時の話を聞いたことがあります。 「長谷川先生は昔から超人だったね。テニス部は、練習前にランニングがあるんだけれど、枚方大橋まで行って帰ってこないといけない。それは伝統なのか...

Kazuya Hasegawa Story-7

人生を変えた出会い STORY-⑦◆ 長谷川先生の基礎をつくった出会い ※写真前列左から3人目が小学生時代の長谷川先生 長谷川先生のご実家は、現在、難波にあるエール学園という予備校です。その前身である寿食品株式会社は、大阪の市立学校の学校給食を一手に引き受けていました。経営者である叔母の長谷川ふささんは松下幸之助さんを信奉されており、ふささんから受けた教育と、大家族の中での心の交流をもとに長谷川少...

Kazuya Hasegawa Story-8

人生を変えた出会い STORY-⑧◆ 心の土台をより強固にした京谷先生 高校での出会いは、中学で得た方向性をひときわ加速させました。はっきりと意識を物事に向けて行動することを覚えたのです。そして、そのきっかけをくれたのが、恩師・京谷譲先生でした。 「京谷先生との出会いは、高校の入学式。ずらりと並ぶ先生方の中で、ひときわ目立っていたのが京谷先生で、「あの先生が担任になればいいな」と思っていたんだ。す...

Kazuya Hasegawa Story-10

人生を変えた出会い STORY-⑩◆ 京谷先生情報 長谷川先生と何から何まで瓜二つ ※写真:元体操部らしく、発達した上腕二頭筋は衰えませんね(^^;長谷川先生(写真上)と師匠の京谷先生(写真下) 学生時代、京谷先生のあだ名は「ゴリラ」であり、長谷川先生のあだ名は「ミニゴリラ」であったそうですが、実際にお会いしてみるとその理由がよくわかりました。長谷川先生もしょっちゅうギャグを言いますが、京谷先生も...

Kazuya Hasegawa Story-11

知力・体力の基礎を作った中学・高校時代 STORY-⑪◆「考える力」は年間500冊の読書から 今回のお話は、前回書いた現在の長谷川先生の基礎の大部分をつくった恩師・京谷先生と出会った大阪府立生野工業高校への進学することに決めた中学生の時に話が戻ります。 学年代表をしたり、図書委員長を務めたり、エリート集団のコーラス部に入るなどして、メキメキとその能力を伸ばしてきた長谷川少年。 中学時代は、「考える...