2014年アジア大会 女子競歩日本代表 井上麗選手

中学校まではソフトテニスの選手だった井上麗選手。

高校から陸上を初めた彼女が日本代表選手になるなんて、誰が想像しただろうか。

中学時代に熱心に誘いを受けた高橋秀興監督か指導する市立尼崎高校陸上部に入部した彼女は、在学中に競歩のモノマネをしていたところ、それを見た監督から動きづくりの基本となる競歩にトレーニングも含めて転向を命じられました。運動能力に秀でていたのも手伝って、トントン拍子で記録は伸び、ジュニアオリンピックに出場が決まったところで競技人生にストップがかかりました。腰痛で歩けなくなり、病院に行ったところドクターストップ。

お医者さんから「もう競技できないかも」と言われていたのを、監督のつてで長谷川先生と早苗先生に出会い、指導を受けたところすぐに競技に復帰できるようになり、指導から2週間後のジュニアオリンピックでは当時の高校日本新記録で優勝。卒業後に名門・天満屋で陸上を続けることになりました。しかし、ここでも困難が訪れます。当初、駅伝選手として天満屋に入部した彼女でしたが、夏のアメリカ合宿でお尻を強く打ち骨折。

右足の故障もあり、これまた競技を続けることに暗雲が立ち込めますが、長谷川先生の指導ですぐに復帰し、復帰した時にリハビリで取り組んでいた競歩で記録が出て、天満屋唯一の競歩専門の選手として再スタートをきりました。復帰してから2年後の2011年2月には20000mトラックで日本新記録を5分縮め、日本新記録樹立。

さらにその3年後には念願の日本選手権で優勝。アジア大会の日本代表選手に選ばれ、5位に入賞するなど活躍しました。2016年に惜しまれながらも引退しましたが、奇跡の復活、奇跡の優勝を繰り返してきたのは、長谷川先生も認める「意志の強さ」があってこそ。

多くのジュニア選手達にも慕われていた彼女ですが、アスリートとして活躍し続ける背中をもってみんなに夢をもたらしてくれました。

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